インターネット環境が広く整備されたこともありネットワーク上にアップした情報の影響力が大きくなってきています。様々な視点から問題点が指摘されているわけですが、昨今の話題としてよく取り上げられているのは個人情報に関するものです。この投稿でも何度か触れています。
個人情報のうち、添付の記事にあるような逮捕歴のような不名誉な情報は影響力も大きく悩ましいことです。
この問題は以前このサイトでも取り上げたような気がしていたのですが、見つけられなかったのでこれが最初の投稿になるかも知れません。
事の次第は添付の記事をご覧いただくと良いかと思います。
まず検索サイトに”不名誉な”情報が表示されるようになり、検索サイトに対し同情報を削除することについての訴訟を地裁に起こしました。俗にいう「忘れられる権利」と呼ばれるものです。
地裁は削除すべきとする決定をしました。これに対し検索サイトは異議を申し立てたため、高裁に進んだものの、高裁はこの地裁の決定を取消しました。
原告はこれを不服とし最高裁に抗告しましたが今年1月に棄却されてしまいました。
最高裁の判断は次のようなものです。
公共の利益と比較して、削除することによって得られる原告にとっての利益の方が、より小さいという判断でしょうか。
この判断では公共という文言はありません。あくまで「事実を公表されない利益」と「検索結果を提供する利益」という言い方をしています。無論、原告にとっては不名誉な情報が提供されることによるメリットはないはずです。
すると、前者の利益は原告が受けるものであり、一方、後者の利益は検索サイトから受けることができる”公共の利益”と解せるかと思います。個人の利益を優先するのではなく、検索サイトの行為を縛るべきではないと。
「検索結果を提供する利益」とは何なのでしょうか。ピンポイントで、”原告のこの情報を知り得ること”、ではないはずです。
日本国憲法で保障された「表現の自由」の制限につながると考えたのだと思います。上位の裁判所は、往々にして国寄り、憲法寄りの判断をするものです。
「表現の自由」を尊重しすぎると、「忘れられる権利」のもとになっている「基本的人権」「幸福追求権」が不当に侵されることはないのか心配になります。
これと似て非なるものが「個人情報保護法」なのです。いわば「自己に関する情報をコントロールする権利」(情報プライバシー権)です。何が異なるのかと言えば、元の個人情報は自ら提供したものであって、その利用方法に関して制限ができるという趣旨だからです。以前にも触れた「オプトアウト」という概念です。(「情報銀行」)
あくまで同意のもとに情報を保有する者が主体の法律なので、自らの意に反して出回った出所不明の個人情報は保護対象の範囲外です。
ちなみに、前科情報の提供に関して最高裁の判断が示された例(最判昭56.4.14)をご紹介しておきます。
争点として「市長が弁護士会の照会に応じ、前科などを報告することは公権力の違法行為に当たるか」というものですが、公権力の違法な行為に当たるとされました。もちろん地方公共団体であっても個人情報保護の責務があります。
しかしこの判決には限定的な要素があります。それは”漫然と”、”すべてを”というキーワードです。つまり何も考えずに何の配慮もせずに提供するのはダメだということです。
実はここでも個人情報の提供に対してオールマイティに適用できるような判断はされておらず微妙です。
今回の検索サイトによる原告の前科情報の表示削除を認めなかった判断も、この点は微妙に避けられています。
それだけセンシティブな判断だということでしょうか。