特許庁に出願をして、審査を経て権利に成る知的財産権、たとえば特許権、意匠権、商標権は最先の出願の有無や既存の権利の有無によって登録(権利を付与すること)するか否かに影響を及ぼすことがあります。
どういうことかというと、日本は先願主義を採る国ですので、特許庁での審査は先に出願されたものから審査します。場合によっては先に出願された出願内容が確定しないと、そのあとの出願の審査ができないことがあります。
特許権などの出願当時の技術水準に依拠して審査をする権利については、一度公知になったものであればそれ以降は同じ技術や思想が新規に転じることはありません。従って、先願の出願が登録されたか否かは、のちの出願の審査には影響を与えないはずです。
一方、商標権のような識別力のある標章による信用を権利化する権利の場合、いったん世に出た標章であっても後々権利を得られることも十分あり得ます。となれば、先の商標出願の登録の是非が、のちの商標出願の登録に大いに影響を与えることもあるのです。
このように、特に商標出願の審査においては先の商標出願の行く末があとの商標審査を遅延させ得ることがお分かりになるかと思います。
今回の記事は、特許庁は上述のような理由による商標審査の遅延を回避する審査方法を採ることにした、というものです。
実際の審査の流れを考えてみましょう。
Aという商標出願がされたのち、A’という商標出願がされました。AとA’は類似の部分があり、AとA’は一般人にとって混同を生じる可能性があるとします。このため、もしもAが登録されるならば、それと混同を生じる可能性のあるA’は登録されるべきではないということになります。つまりAの審査が終わらなければA’の審査を始めることができないのです。
商標といえども、半年程度の審査期間が掛かります。AとA’がほぼ同時期に商標出願されたとして、A’が登録されるには(Aの審査期間)+(A’の審査期間)がかかる、つまりA’の出願人にとっては倍ほどの審査期間を待たなければなりません。
審査期間の短縮は特許庁の課題でもありますが、もちろん特許庁の審査の上では間違っていることは無くて、審査をするうえで必要な手続きなのです。
商標権は譲渡可能な権利です。そして、出願人にとって事業の実態があろうがなかろうか出願だけは自由にすることが出来ます。これは将来使用することを見込んであらかじめ取得しておくこと(ストック商標などと呼ばれます)も考えられるからです。すぐには使わないのに良い標章を片っ端から獲ってしまうというのは良いことではないですが、審査に時間もかかりますのでお金を掛けてでも押さえておこうと思うのも致し方ないところです。
ストック商標を取得するとき直近で商品名に使う予定が無くても、(1)最先の出願のみが権利化できる、(2)審査が終わるまでに時間がかかる、(3)出願するにも維持するにもお金がかかる、という要件を許容しなければなりません。より良い商標を揃えるためには回収できるかわからない投資も必要です。それでも取得しておく価値があると思えば出願するのです。
ですが昨今、問題のあるケースが出てきました。転売目的の大量商標出願です。
転売目的で大量に出願する商標出願人は、(1)の最先の利益を得るために、誰でも出願は可能という方式審査基準を悪用し、巷で流行しそうなワードやフレーズを片っ端から商標出願してしまいます。
(3)のように出願するだけでも少なくない出願料が掛かるはずですが、転売目的だとしてもそのような大量の出願をしていて元が取れるのでしょうか?
じつは出願料を納めていないのです。不思議に思うかも知れませんが追納できる場合があるからです。出願料を納めずに出願が却下されるまでは正式な出願として残ってしまいます。
逆に、出願してから却下されるまでの間に、これは行けると思う商標があればその出願だけ追納すれば、まんまと最先の利益を得て権利にできる可能性があります。それを正規の事業をしている企業に高値で転売するわけです。
ここまで見てお分かりのように、大きな痛手もなく利益のみを得ようとする悪質な出願人のために特許庁全体の審査が遅れるうえ、真に商標を使うべき権利者の利益が阻害される事態が生じました。
中国でもこの問題は取りざたされたりしていますが、法的には正規の手続きの範囲内のため決定的な打開策は無いのが実情です。
そこで、先願の結果が出る前に、後願の意匠出願の審査だけは始めてしまって、先願の結果が出た時点ですぐさま後願を登録するようにしようとするものです。
これにより先願と後願の審査がオーバーラップして行われるため、少なくとも審査期間は短くなりますが、特許庁の商標審査部門はそれだけ忙しくなります。特許庁はあの手この手で施策を講じていますが、各省庁自身でもそれなりのリスクを背負っていることは我々国民も理解すべきだと思います。