知的財産は無形の権利であり、頭の中で創作されるものを物の権利として具現化したものです。物であれば物としてソコに存在するので、その外縁は明白です。侵害しているか否かは、そこにある物に合致すれば黒だし、それ以外ならば白です。そこに知的財産の永遠のテーマが存在します。
発明の価値は、一言で表現するとすれば「広い」か「狭い」かです。広ければ権利主張できる範囲が広がり、総じて強力な権利となります。もちろん狭くても強力な権利は存在しますが、そういった権利が強力なケースとは往々にしてボトルネックを的確におさえた権利であることが多いです。権利化した狭い範囲の先には大きな市場が広がります。そして、そのボトルネックを通らない限りは事業化が出来ない性格を帯びたものが大半です。そういう権利の社会に与える影響度合いは絶大です。
一方、「広い」権利は多くの公知例を含みやすく、審査段階で拒絶査定されてしまう危険度が高まります。知られている技術に対しては権利を与えないというのが知的財産権のポリシーです。そういうものに権利を与えれば、却って産業の発達に障害となるという理屈です。
記事の例はどうでしょう。
セルフレジに応用可能な技術とされています。近接通信技術に関するものではなくて、本当にレジの形状に関するものです。ただ、近接通信ゆえの構造的な工夫を具現化するものなので、発明としてはこのような発明の名称で出願されました。。
セルフレジの仕組みはあえて触れませんが、買い物した物品をレジに読ませるためには載置場所が必要です。RFIDのようにかなり離れていても物品ごとに情報を読み込める技術はありますが、売り場やレジ周辺には他の買い物客も多数います。それらと明確に区別されなければ、買い物客ひとり一人の品物を特定できません。どうすれば区別できるのでしょうか?
やり方はいくらでもありそうですが、買い物の現場で実現性があるもので、かつ安価に実現できる方法でなければなりません。逆に高い区別能力を与えるためにいたずらにコストは掛けられないので、”さじ加減”も大切です。工業的な利用なのですから優先される事項です。出願当時のRFIDの技術分野で、発明者のアイデアはそれらいくつかの課題を総合的にクリアする良い創作であるとされたから特許査定を受けたともいえます。
ここから何が言えるかというと、発明として見える構成がすべてではなく、工業的な利用性も加味して発明の価値を捉えなければならないということです。単純であればあるほど特許する発明にはそぐわないと早計に判断してしまわずに、その発明の将来性・工業的利用性をどのように見積もるかが眼力として求められると言えるでしょう。それは出願人に限らず、審査官も同じであることに疑いはありませんが。
単純だから発明には値しないとは考えず、誰も思いもしなかったやり方、つまり工夫の度合いで勝負するということなのです。