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経営モデルと訴訟リスク

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 ある記事で、誰でもよく知っている二大世界企業の経営モデルを比較して論評していました。ここでは”経営”という切り口による企業の明暗を論じたものですが、私はこれを見て別の現実、つまり知的財産についての訴訟リスクを思い浮かべました。

この記事で取り上げる経営モデルは、「水平分業(ネットワーク)型」と「垂直統合型」の二つです。

 日本のかつての大企業は後者の垂直統合型を取り、さらに異業種を取り込んだコングロマリットと呼ばれる経営モデルをよしとしてきました。”かつての”と書いたのは、現代の大企業は総じてコングロマリットの解消及び垂直統合を見直してきているからです。

この動きは業種や企業ごとにも様々な理由があるでしょうが、「垂直統合型」の方がコストメリットがあったといえるでしょう。顧客に届ける製品の製造の過程で必要な資材や工場等の労働力、その後のメンテナンスまでを手掛ければ、それぞれの工程にかかるコストを効率的にコントロールすることが可能になり、他社の動向を気に掛けることなく製造計画も立てやすいという面がありました。

 昨今の技術動向を鑑みるに、技術の進歩の速さが飛躍的に高まっていることがうかがえます。その裏では顧客の要求に追従することが企業の業績にダイレクトにリンクするようになったことも見逃せません。以前からもそうでしたが、顧客の利益を尊重しながら関心を惹き続けなければならないという課題が顕在化してきています。従来の企業正義である、コスト、品質そして需給の確保が揺らいでいるのです。

現実に顧客受けするサービスをいち早く導入してサービスインにこぎつけた企業が勝者となる構図が出来上がっているからです。顧客が望む新規サービスを機敏に取り込むことが従来の大企業の信念にそぐわなくなってきているということです。

◇ ◇ ◇

 今回は企業業績についての考察でないことは先に記した通りです。次からはこの二つの経営モデルについて知的財産の面から考えてみたいと思います。

 まず知財の訴訟リスクを考えるとき何が標的になるのかを整理する必要があります。特許などは技術的な創作であるから、技術でしのぎを削る先進企業同士が優位性を争う武器のように思えるかもしれません。しかしながら現実的には次の2パターンになると考えます。一つは市場への投入の阻止、もう一つは不当利得の返還制裁です。いずれも企業活動の最終段階をターゲットとしたものです。誤解を恐れずに例えるとすれば、次のように考えるとわかりやすいと思います。前者は事業をしている企業が行うもの、後者は事業をしていない企業が行うものです。後者はNPEやトロールと称される企業体を指します。トロールというと悪い印象を与えかねませんが法律上は両方とも正当な権利の行使であり製造業の世界では当然両立するものです。

 ではなぜ発明が生まれる開発段階ではなく市場投入段階を狙うのでしょうか。それは直接金額に結び付くからにほかなりません。また製品を確認できなければ侵害証拠の証明に必要なクレームチャートを作れないからです。一方、秘密状態に管理される開発段階における他社の発明内容把握は難しいことは理解いただけると思います。これ以降、訴訟の客体は市場投入した製品と考えてください。そして特に電子機器に分類されるコンシューマー向けの工業製品は、構成するあまたの部品や資材、多くの前工程を経て製造されていることに留意してください。次からはこの投稿の本題について記していきたいと思います。

◇ ◇ ◇

 ある企業が最終製品について侵害訴訟を受けた場合、販売したその企業は被告を免れる術はないのですが、被疑部位が他社から調達した部品であれば知財保証にもとづくサポートや損害賠償を要求することが第一選択肢となります。しかしながら知財保証を享受するためには往々にしていくつかの条件を満たす必要があり簡単ではないことが多いのです。例えばその被疑部位がその部品を供給した1のベンダの部品に内包されたものではなく、他のベンダが供給した部品との組み合わせで構成されると認められる場合には、それらベンダの知財保証は受けられないのが通例です。つまりその侵害行為は最終製品に組上げて販売した企業のみが賠償しなければならないわけです。ものによっては知財保証が機能しないことも考えておかねばなりません。

このとき「垂直統合型」であれば製品にかかわる前工程はすべて自社内にあるため他社に知財保証を求めることすらできないことになります。他方「水平分業(ネットワーク)型」の場合、前工程がいくつかの業務内容が個別の企業に分かれてなされます。各社の実施範囲が狭いわけですから1社の実施範囲について考えたとき当該特許の構成要件の一部を欠いている可能性が高まります。1社で当該特許を実施していると認められなければ侵害を構成したことにならないため、権利侵害を主張されることはありませんし納入先から知財保証を求められることもありません。そのため、リスクはゼロとは言えませんが1社で製品販売までを行う「垂直統合型」よりは大幅にリスクの低減が図れるはずです。ただ、「水平分業(ネットワーク)型」の場合でも最終工程を担う企業は訴訟を免れないことは同様です。コンシューマー向けのブランド名を関するメーカー企業は常に訴訟リスクから逃れられない十字架を負っている弱い立場なのです。

◇ ◇ ◇

 技術の進歩が速く、それを次々と実現していく必要があるサービス中心主義の現代にあっては「水平分業(ネットワーク)型」の企業モデルの方に分があり、さらに知財訴訟に対しても耐性が高まるという事実があるのであれば当然の帰結なのでしょう。時代の要請であったとしても、金儲けの特許活用が産業界の障害となってきた今、歓迎すべき変化だと思います。

アマゾンとインテルの明暗 垂直統合型経営モデルの試練:日本経済新聞

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