知的財産を取り巻く環境

  • 知的財産権の運用の実際
     さまざまな企業で知的財産権の重要性はますます高まっております。
    日本では特許侵害訴訟は表立ってマスコミ等に取り上げられることは少ないかも知れませんが、訴訟大国アメリカでは特許侵害訴訟は日常的に提起されており、もはや収益を生み出すビジネスとして成り立っているといえるでしょう。

     特許を含む知的財産の法的運用のため、国家資格としての《弁理士》という制度が設けられています。そして知的財産関連の専門家として《特許事務所》の名称を掲げて国民の権利を正しく守る任に就いています。

     知的財産権を得るのは本来は発明者/考案者当人が行える行政手続ですが、一般の方が十分に権利を行使するのは難しく、国家に認められた専門家である弁理士に手続きの多くを委ねるのが最良の選択肢といえるでしょう。それは個人の方であっても大きな企業の場合でも事情は同じです。

     上述のように、必ずとは言いませんが《特許事務所》だけでも《知財担当》だけでも知財活動としては成立しません。両者はそれぞれ別の役割を担う知財活動のための両輪です。
     また、知的財産は自然に生まれるものではなく意識して拾い上げなければおのずと漏れが生じます。それはたとえば新規の発明について特許権取得を目指す場合、発明者がそれを発明と認識できるか否かから始まり、日常の業務に加えて発明メモあるいは明細書を作成する労力を自ら掛けようと思うか、という最初のハードルがあります。ここで、発明とは何か、事業計画に即した有用な発明とは何か、そして発明のエッセンスを明確にして発明メモや明細書を作成する労力を低減させるという配慮が必要不可欠です。ここまでの過程は、少なくとも企業内で行わなければならない活動であり、効果的な発掘や運用を任された知財担当が置かれる理由です。

  • 知的財産がとっつきにくい理由
     いろいろな理由が考えられると思いますが、大きいところでは発明や考案に目に見える形がないということだと考えます。
    発明が使われている製品や図面があるではないか、という意見もあるかと思います。しかしながら目に見えているもの自体が発明や考案ではありません。それらは発明や考案を使用した実施形態の一例に過ぎないのです。
    つまり発明や考案は「技術的思想の創作」であり、その製品自体が守られれば良いというものではないからです。
    新規の技術的思想から発明のエッセンスを抽出して、それを発明や考案と認識するステップが必要だからです。

     換言すれば技術的思想は発明者たる技術者の頭の中にある「暗黙知」であり、それを「形式知」に変換したものが明細書といえます。

  • 「暗黙知」と「形式知」
     「暗黙知」は、たとえば技術者が持つノウハウであったり”コツ”のようなものです。
     「形式知」は、たとえば作業マニュアルです。そこに書かれている通りにすれば同じことができます。
    特許法や実用新案法にいう発明や考案は明細書を読んだ他の人にそれが実施できるように開示しなければなりません。つまり「形式知」に属する書面なのです。技術者が生み出した誰でも実施したいと思うような効果がある技術(これが「暗黙知」)を「形式知」にすることこそが知財担当として必要な能力だと考えます。
     特許権などは技術を開示する代わりに独占権を得るわけですが、しかしながら何でも明細書に記載してしまえば良いというわけではなく、後々公開されてしまうことを考えると必要最小限の開示範囲となるような駆け引きも必要になります。
  • 「活用」と「ライフサイクル」
     知的財産は知的創作アイデアのそれぞれに対し唯一の方法で守られるわけではなく、様々なアプローチが可能な場合があります。
    そして知的財産権は保有していることが目的ではなく、活用を意識し、ライフサイクルを考えて新陳代謝を図ってゆく財産という意識付けが大切です。
     権利は持っているだけでは有効に他社を牽制することも収入を得ることも難しいものです。権利である以上、行使することを考えた権利とすべきです。
    また知的財産権には権利期間が与えられています。権利を維持するには特許庁に支払う維持年金も必要です。
     技術の進歩は早いものです。もはや利益を生まない権利に費用をかけ続けるか否か、つまり権利のライフサイクルをも考えて管理すべきなのです。
  • 知的財産権は防衛的か攻撃的か
     取得した知的財産を活用する場合、その活用方法により<防衛的利用>と<攻撃的利用>に大きく分かれます。
     防衛的利用の場合、知的財産権の独占権的な側面を活用するものです。つまりライセンスを与えたりせずその事業や製品を自社で独占的に市場投入することで販売にかかる利益を最大化する戦略です。
     一方、攻撃的利用の場合は当該知的財産権を積極的にライセンスすることで収入(=ライセンス料)を得ることと言えるでしょう。特許権などの知的財産権は民法の特別法であることから親告罪が適用されます。つまり他者が不正使用していたとしても訴えなければ何事も始まりません。換言すれば積極的に他者の販売する製品が当社権利を使っていないかどうかを調査し侵害警告及び侵害訴訟を仕掛けて利益を得る目的の活用方法です。
     これらは他者の実施を知得しているか否か、その損失利益はどれくらいかなどを考慮して戦略を変える必要があり一概には言えません。事業計画に密接に関連する事項と言えるでしょう。
  • アイデアの権利化と秘匿化
     新たに有用なアイデアを考案したとき、これは良いアイデアだから将来活用することを考えて権利にしておこうと思うのは普通のことだと思います。このアイデアを製品に適用すればいままでにない商品が実現できるという種類のアイデアであれば、第三者に同じ製品を作られたくないために「権利化」するわけです。その商品を作ったり売ったりすることを差し止めるためには法的な権原が必要であり、特許法などにそれを求めるという具合です。これは前述した“防衛的”な活用方法に該当します。

     しかしながら、ちょっとだけ考えてみてください。忘れてはならないのは権利を受けるために作成して特許庁に提出した明細書はいずれ公開されます。誰でも見ることが出来る状態に置かれるのです。これはそのアイデアが権利になったかどうかとは関係無く公開の対象となります。有用な技術を公開させるために制定された特許法の目的からして仕方のないことです。
     戦後日本が外国特許(“形式知”)が無いにも関わらずmade in japanと称される高品質の製品を作ることで諸外国でも急成長できたのは、とりもなおさず“暗黙知”の蓄積が大きかったからだと思っています。もっともこれら“暗黙知”は“形式知”化するのが難しかったからということもあるとは思いますが、アイデアは“形式知”化するばかりではなく“暗黙知”のままでも産業発展に資することを証明しています。

     特許庁に出願しようとするときに先ず考えるべきは、出願しようとしているそのアイデアは権利行使のために使おうとしているのかということです。その次は、公開されてでも権利化しておく必要があるアイデアなのかです。
     この二つの質問は禅問答のような感じがしますが、要するにそのアイデアは秘匿して置きさえすれば利益を上げられるのではないか、という観点でも考えてみた方が良いということです。もしも出願せずに済むのであれば、それに費やす出願費用や維持年金費用が不要になりますし、第三者にアイデアの詳細を晒す必要もありません。ただ一口にアイデアを秘匿するとはいっても単に黙っていれば良いという消極的な態度では不十分です。なぜなら権利という後ろ盾がない以上、情報が漏れないように細心の注意を払う必要があるからです。

     製造関係の場合、商品を見た第三者がそれだけでは真似できないというのなら「秘匿化」することを考えるべきです。そうすれば権利化しなくとも誰も製品を作ることはできません。しかし第三者がすでにやっていそう、あるいはもうじき気づきそうというならば早急に出願して公知にしてしまう方が得策かも知れません。万が一同業他社に権利を持たれてしまうと自らの実施に支障が出る場合があるからです。「公知にしてしまう」というのは、特許法などが採用する先願主義を逆手に取った対策といえます。
     一方、同業他社に先を越されてしまったとしても、現実にはそれですぐに製造、販売ができなくなるというわけでもありません。一見すると矛盾していますが、そうなるまでにはまだいくつか取れる施策が残されているからです。
     アイデアの性質、同業他社の状況、時間的・金銭的な余裕など諸々のファクターを考え併せて、自身の事業を優位に導くために適切な手段を取らなければなりません。

     もっとも、開示することで目的を成す創作物、例えば絵画やCGといった作品は物理的に秘匿することはできないため、開示しない(秘匿化)のではなく使用、複製されることを防止するという観点で法整備がされているといえます。保護の対象に応じて取りうる対策が異なるという点も注意が必要です。

  • 日常の知的財産活動とは
     研究機関でもない限りは発明をしようと思いながら日々の業務をこなしていることはないと思います。研究機関では技術そのものが商品となるため、これを独占するなどの手段を行使する、有効に生かすためにも知的財産権を確保するという考えはよくわかります。
     では研究を業務の目的として活動していない企業とはどのような方々でしょうか。わかりやすく言えば製造業、運送業、通信業、サービス業、プログラマー、小売業といった街を支える経済活動を担う方々です。
     いうまでもなく日々知的財産権など意識して活動しているわけではありません。ですがこういった業種でも特許や商標、著作権につながる事柄は往々にして生じています。どういうことでしょうか?

     大きくは2つの切り口が考えられます。

     一つは権利者となる側の切り口です。上記のように発明を目的として日々の企業活動をしているわけではありませんので見逃されてしまうことが多いと思うのですが、どの業種であっても何らかの目的をもって事業をしています。その目的のために何か成果をあげよう、もっと効率良くできないかと思うはずですし、何らかの工夫をしているはずなのです。その工夫はもしかしたら良質な発明かも知れません。何か工夫をするということはそこにあなたが何等かの問題を認知しているということであり、それは同業他社も同じような問題を抱えていると言えるからです。もしもその工夫が優れていて、他の企業も使いたいと思えばライセンス収入などにつながるかもしれません。
     発明となるためにはいくつかの要件をクリアする必要はあるものの産業の発達に資するものである限り権利化できる可能性は高いといえます。とは言うもののこういった日常の業務の中で生じる工夫は目前の業務に埋もれてしまい価値のあるものとは思われないことが多いのです。それは発明を専業とする研究機関でも事情は同じです。

     二つは侵害者となる側の切り口です。業務として日々行っている事業がある日突然権利侵害とされる可能性が少なからずあるのです。
     前述のように日々何等かの工夫をしているとしたとき、その工夫に価値があると気づいた同業他社がいち早く権利化していたとしたらどうでしょうか。もちろんあなたがその工夫を悪意をもって真似たわけではなく自ら発想して利用していたとしても権利侵害を主張され得るのです。悪くすれば今まで通りの事業が出来なくなってしまうかもしれません。特に新たに何かを始めようとする場面においては、そのアイデアについて他者が権利を得ていないかを確認しなければなりません。これはパテントクリアランスと呼ばれます。著作物を扱う場合にも他社の権利という意味では同様です。
     もっともその権利が新たに始めようとする行為と合致するのかどうかは冷静に見極める必要がありますし、もしも回避できないものだったとしても、まだ取り得る手は残されています。どのような対処を取るにせよ、不法な侵害者とならないために日頃から注意している必要があるのです。

     このように新規に発明をする場合のみならず契約も含め、知的財産にかかる権利は日々の事業と密接に関係しているということを意識して臨むべきなのです。

投稿日:2016年1月22日 更新日:

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