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特許侵害しているのは誰か?

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製鉄会社がその鋼板を購入していたメーカを特許侵害で提訴したというニュースが伝わっている。事の顛末は、同メーカが仕入先を変えたことに端を発する。

特許というと、基本的な権利である自由権に反して特定の権利者に専用権を与えるものであり、それによって産業の発達につなげるという目的で制定された。なので特許を侵害したと聞くと、その専用権を直接侵した犯罪者なのではないかと考える人もいるだろう。今回のケースはそういった事例ではないし、前出のメーカが特許権について何か作為があったわけではない。日常の感覚からすると理解し難いかもしれないが、踏み込んで考えると直接専用権を侵害していることがわかる。

前出のメーカは同特許にかかる技術で製造された鋼板を購入している。同技術を用いて直接鋼板を製造しているわけではない。しかしながら同メーカはその鋼板を用いた製品を販売している。この過程で、本来であれば前出の製鉄会社のみが製造販売が可能であるはずの鋼板を他の製鉄会社から購入している。特許権を持つ製鉄会社からしてみれば同特許にかかる技術の使用を認めて製造されたものではないので権利を持たない製鉄会社が製造した鋼板に対しては権利が消尽されていないことは明白である。而して権利侵害を形成している素材を使用した製品を、業として宣伝し販売していることになる。

特許の実施はどのような場合をいうのかが法律で定められている。詳細には述べないが、当該特許が鋼板自体の特許であれば、その物を生産すること、使用すること、譲渡すること、輸出することが権利範囲である、他方、鋼板の製法であったときはその方法により鋼板を生産することはもちろんだが、その製法で生産された物については前出の物の発明のときと同様の扱いとなる。いうまでもないが、ここでいう実施は専用権の範囲になるので、それらの行為を行えるのは権利者のみとなり、権原を持たない者が行えば権利を侵害したこととなる。

この特許法の定めを当てはめると、権利が消尽されていない鋼板を使用して製品を製造し、製品を譲渡し輸出することは立派に権利侵害を形成することとなる。その特許技術でしか製造できない物を直接生産することだけが権利侵害ではない。

このように特許の権利というのは二面性を有するといっても良いかもしれない。現代の産業界のサプライチェーンの複雑さを考えれば、特許侵害は単純な社会構造のもとで形成されているのではなく、認識しているしていないにかかわらず、巡り巡って自分が犯罪者になってしまうことが往々にしてありうるのである。

付け加えるならば、当該特許の実施権原がないまま鋼板を製造し販売した製鉄会社の罪は大きい。最も割を食っているのは、この製鉄会社が他社の権利侵害をしていないことを信じ、対価を支払って鋼板を購入して善意で製造および販売したメーカである。たとえ善意(知らずに、ということ)であってもこれを免れない。

だからこそ企業は他社から素材、部品あるいは製品を購入する場合には知財補償のある良識のあるプロバイダから購入するようにしなければならない。今回、奇しくも提訴されてしまったメーカは、鋼板のコストメリットに目がくらみ、この大原則を見逃してしまったことが悔やまれる。

実際のところ、今回のようなケースは特許権の真の目的を果たすために提訴という手段を取ったわけではない。特許権侵害を問われるのは権原の無いまま鋼板を製造した製鉄会社であるからだ。提訴されたメーカは、原告の製鉄会社から鋼板を購入してもらわねば同製鉄会社の収益を大きく損ねることが懸念されたため、いわば再考を迫るために提訴されたのである。

被告のメーカは「調達時に侵害がないことは確認済み」と嘯いているが今後はどのように確認したのかが焦点となると思われる。それが詳らかになったとき、購入先の製鉄会社が非侵害であることを言明したという程度の話であれば、原告の製鉄会社が有利である。善意の実施は依然として侵害を免れない。特許の観点からすると行きつく先は①鋼板の仕入先を原告の製鉄会社に戻す、②特許権使用料相当額を支払って今の製鉄会社から鋼板を購入し続ける、の二択が考えられるが、大企業同士の問題故、おそらくはもう少し賢い解決方法を選択するのだろう。

知財訴訟、大口客トヨタも的 日本製鉄「虎の子」保護へ:日本経済新聞

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